大判例

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東京高等裁判所 昭和24年(新を)410号 判決 1949年12月22日

控訴人 被告人 木村常雄

弁護人 間宮三男也

検察官 渡辺要関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役十月に処する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添附してある弁護人間宮三男也作成名義控訴趣意書と題する書面記載の通りである。これに対し当裁判所は左の如く判断する。

論旨第一について。

本件起訴状を見ると被告人の犯罪事実として第一乃至第四の窃盗若しくは盗窃未遂の訴因だけを記載しているが、検察官が建造物侵入の訴因を追加した形跡がないのに拘らす原判決は右第一乃至第四の事実に一々建造物侵入の訴因を附加認定していること論旨指摘の通りである。よつて原審の右措置の適否について審案する。元来起訴の効力は同一事実の全部に及ぶのであるから本件のような場合に検察官が窃盗の訴因だけで起訴してもこれと牽連犯の関係にある建造物侵入の訴因にも効力が及ぶのであるから、これを裁判所が附加認定しても請求を受けない事件について判決をしたということにはならない。しかしながら斯様な措置は起訴状の訴因について専ら防禦方法を講じて来た被告人には不意打であつて著しく被告人の防禦権を侵害する。それで新刑事訴訟法は旧慣を改めその第三百十二条において右のような場合には検察官をして訴因を追加させてからこれに対しても被告人に防禦の機会を与えなければならない。然らざれば裁判所は勝手に訴因を附加認定することはできないことにしたのである。故に右の手続を践まずしていきなり建造物侵入の訴因を附加認定してその罪責を問うた原判決は違法である。而してこの違法は判決に影響すること明かであるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

論旨第二点について。

共同正犯は数人が各自己の犯罪を実現する意思を相通じ共同して犯罪を実現するものをいうのであつて、正犯者各自の行為は互に他の正犯者のために奉仕し各人は他の正犯者の行為を自己のために利用するものであるから、正犯者各人は自己の行為は勿論他の正犯者の行為についてもその責に任すべき関係にあるものである。故に正犯者の或一人は単に補助的な行為をなしたに止る場合或は全然犯罪に加工しなかつた場合においても他の正犯者が犯罪を実行した以上実行正犯の責任は免れないのである。これに反して従犯は他人の行為を利用して自己の犯意を実現させる意思なく他人の犯罪を幇助する意思を以て実行行為以外の行為を以てこれを幇助するものである。この場合他人の犯罪か自己の犯罪かという区別は単に他人のため或は自己のためというと異なり実行行為と離れて観念することはできないので、他人のためにしたのでも実行行為をすれば即ち自己の犯罪なのである。而して他人の犯罪に加工するのが従犯なのである。右の観点から看察すると窃盗行為の見張は或は正犯を以て論ぜられ或は従犯と観られる場合があるが、その区別の標準は専ら自己の犯罪を共同して実現する意思であつたか或は他人の犯罪を幇助するだけの意思であつたかにあり、これによつて両者が分れるのである。よつてこの標準に従つて本件を見るに原判決の挙示している司法警察員作成の被告人の供述調書によると被告人は埼玉の松五郎と約束した通り午後十一時頃日立駅階段の所へ行つたら松五郎が待つており、海岸工場内より銅板を盗み出すのだから手を貸して呉れといつたので被告人は捕まると困るから嫌だというたが、松五郎がとにかく行こうというたので承知し、判示工場に行つて松五郎が先に次に被告人が五尺位の板塀を超えて侵入しそこで松五郎が警察官が外を通るかも知れないから自分が盜んでくるから君は見張をしてくれといい、被告人はこれによつて見張をしていたら松五郎が一人で変電所の方へ行き十分位して銅板を七枚程持つて来、再び変電所の蔭に行き同様のものを七枚運んだ。それからその品を塀の下から外に出し被告人は内七枚をマフラーで縛り松五郎も七枚程持ち各自これを担いで弁天地附近迄来た時に警察官が来たので品物をその場に捨てて逃げたが遂に捕えられたとあるから被告人の意思は松五郎から頼まれて特定の幇助的行為に限定せず、本件窃盜行為に全面的に加担する意思即ち自分も窃盜をなす意思で承諾し塀を超えて工場内に侵入してから偶々松五郎から役割の分担として見張をいわれこれをなしたものと認められるから原判決が右証拠を以て被告人を松五郎と共謀して原判示窃盜行為をなした正犯なりと認めたのは相当である。その他全記録を精査したが原審の右事実の認定に過誤ありと認められる点を発見しないから木論旨は理由なきものとする。

以上説明したところによつて原判決は破棄せらるべきであるが、本件は自制するに適すると認めるから刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書の規定によつて破棄自制する。

原判決が証拠によつて認定した事実から不当に認めた建造物侵入の訴因を除けば被告人の犯罪事実は、

被告人は、

第一、日立市大字宮田株式会社日立製作所日立工場山手鑄造工場の元工員で同工場を熟知しているに乗じ、昭和二十四年二月二十六日午後六時頃同工場内鑄型場の山側小舎内に置いてあつた同会社所有の銅板七枚此価格二千八百円を盜出し、

第二、同年三月三日頃の午後六時頃前同所から同様の銅板七枚此価格二千八百円を盜出し、

第三、住所氏名不詳の某と共謀し同月五日午前零時頃同市大字助川前示日立製作所日立工場海岸工場の変電所附近に置いてあつた同会社所有の鉋金(素材)十四本約二十貫此価格四千円を盜出し逃げ去る途中同零時二十分頃警察官に現行犯人として逮捕され取調べを受けた後同月六日釈放されたに拘らず、

第四、更に同月十七日午前一時頃鈴木政義外三名と共同し同市大字助川日本鉱業株式会社日立鉱業所(通称日立鉱山)業務課構内鋼製品置場に置いてあつた同会社所有の電気銅板を盜出そうとしたが警戒員に発見され盗む目的を遂げなかつたものである。

というのである。

これを法律に照すと被告人の判示第一乃至第三の事実は刑法第二百三十五条(第三の事実については尚同法第六十条)に第四の事実は同法第二百四十三条第二百三十五条第六十条に各該当し刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条に従つて重い第三の罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内において被告人を懲役十月に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条により被告人をして負担せしむべきものとする。

よつて主文の如く判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

控訴趣意書

第一点原審判決は審判の請求を受けない事件について判決をした違法がある、原判決理由中、第一、昭和二十四年二月二十六日頃午後六時頃同工場の裏側塀を乗越えて工場内に侵入し、第二、同年三月三日頃の午前六時頃同様に同工場内に侵入し、第三、同年同月五日午後〇時頃前示工場の板塀を乗越えて同工場に侵入し、第四、同月十七日午前一時頃(通称日立鉱山)業務課構内に侵入し……云々、以上の事実を認定し「右所為中侵入の点は刑法第百三十条に該当する」とし同法条を適用し住居侵入罪としているが検察官の起訴状には、一、昭和二十四年二月二十六日頃の午後六時頃同工場野上磯之介が管理している銅板七枚を窃取し、云々、とあり以下第二、第三、第四とも同趣旨即ち訴因第一……第四に孰れも侵入の点を記述することなく原審第一回公判調書にも「検察官は起訴状を朗読した」とのみあつて、その点に関する追起訴の事実は公判記録中之を見出すことが出来ない。されば原判決は審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるものと言わなければならない。尚此の点に関して団藤重光教授は「起訴状に訴因としてかかげられていない事実は現実の審判の対象にならないのであるからかような事実について判決があつた時はまたこれに当るものと解する。」(同氏新刑事訴訟法第二八九頁)と刑訴第三七八条第三号の上訴事由の中に之を数えている。

第二点原判決は事実を誤認し且つ法令の適用を誤つたものである。原判決理由中、第三、住所氏名不詳の某と共謀し、と共犯の事実を認定し刑法第六十条を適用しているが原審記録によれば、右第三事実は氏名不詳通称埼玉の松五郎なる人物に誘引せられ飲酒をすすめられて同人に随行し犯罪を容易ならしめたに止まり、(イ)犯意に於て共同せず、(ロ)実行行為に加担せず、(ハ)共同に於ける地位に於て明らかに主従を区別し得る状態にあることより、所謂主観説によるも、客観説によるも共同関係の地位による区別からするも被告人の行為は従犯を以て認むべきであつて、共同正犯ではない。現に第一回公判に於ても「埼玉の松五郎と云うものと共謀して盗んだ所は、」答、「海岸工場変電所のかげであります。その時私は塀のそばで見張りをして居りましたが出かける前松五郎よりサイダー瓶につめた朝鮮酒を飲ませられたので見張中足がふらふらして居りました。松五郎は変電所のかげから持つて来たのでどんな場所であるか私には見えなかつたのであります」と云つて居り、原判決に援用された被告人に対する司法巡査作成の供述書の中にも松五郎が「海岸工場から盜み出したものを置いてあるから運搬を手伝つて呉れ」と云われ、「盗み出す……それでは捕ると困るから嫌だと云うと、その男は兎に角行こう」と云い、見張り及び運搬のみを引受けたことが明らかであり、幇助の意思であり客観的にも犯罪の実行行為そのものに加工してはいないことを認定し得るものであるから、被告人の所為は従犯と認定し、且つ刑法第六十条でなく第六十二条、従つて又六十三条を適用すべき筋合に拘らず原判決が其処に出てなかつたのは事実の誤認並に法令の適用を誤つたものと言わなければならない。

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